【AA わかばG】のホームページへ、ようこそ!
静かなる変化 ~2021年8月8日 寄稿~
お酒を飲まない日が続くにつれて、私の毎日が静かに変化している。
私は、ほとんどお酒を飲まない両親、そして姉と弟の三人姉弟育ち。
兄弟の中でも、取り分けて手のかかる子ども時代で、小学校ではいつも廊下に立たされ坊主。
中学校では喫煙・飲酒・夜遊びの非行少年。 高校では落ちこぼれで、週末は暴走族と一緒に暴れまわる不良少年。 高卒後に、とあるディスカウントショップの社長に気にいられて入社。
まさに、全く人生設計がないままの社会人としての船出。
時代が良かった…ちょっと働けば、去年まで詰襟の学生服を着ていた私が「デザイナーズブランド」とか言う高価な服を着て夜の街に。夜、お酒を飲むために昼を過ごし…夜が来たら朝を目指し飲みまわっていた。
「おめでた婚」「授かり婚」…今では色んな呼び方の結婚スタイルがあるようだが、私の場合は『勢い婚』 相手女性との交際も、そこそこに「愛してる?」「一緒になろう」の勢い任せ。 まさに無秩序・無責任。
ミーティングで分かち合いを聞いて驚きを感じたが…仲間たちの多くの確率で『お酒に問題ある家族での生育』がある事。 これは今までのホームグループでの分かち合いに出る話じゃなかった為、凄く新鮮に驚きを感じた。 父はコップ一杯のビールで酔うし、母も飲酒はするが量は飲まない。
全くアルコールには問題ない家庭に育った。
そんな家庭に育ちながらも「自分の生まれは、この家庭なのか?」と自問自答したいくらい、自分だけ家族と違う生き方を望み、そうして生きた。
人生のつまづきは『借金』だった。
とにかくローン会社に行けば笑顔で貸してくれる時代…自分が払う能力がなくても両親に頭を下げに夫婦で行けば、翌日には綺麗に清算してもらえていた。 何度まとめて返済を頼みに行って、何度返済してもらったか…記憶にない。 そのくらい、狂った経済感覚で夜の街・風俗・ギャンブル。 熊本には有名な高級ソープ店があり、午後1時の電話予約の時間後10分で予約が満室になる。 その店からキャンセル情報の電話をもらい遊びに行くのが自慢だった。 「俺って、お店から選ばれている常連なの…」って。
二人の子供に恵まれた。 息子と娘。
二人の事を喜ばせているつもりだった。何の事はない、本当の二人の心の中を知ろうともせず自分だけが有頂天だった。
綺麗で賢い女性だった。 別れた妻。
いつも生きるのに一生懸命で働き者だった。 明るい笑顔が似合う女性だった。
離婚後、色んな女性と交際したが、別れた妻ほど賢明だった女性は居ないかも知れない。
さて、離婚して一人。 家庭は無くなったが、家族は居る。 そう…可哀想なのは両親。
転職・転職を繰り返すたびに色んな勤め先の商品を買ってもらった。
転職して給料の谷間になった期間の生活費の無心。 もちろん当時の「生活費」には酒の購入費だけじゃなくギャンブルの元手資金・独身の寂しさ紛らわす風俗遊びの遊興費も含まれていた。 まさに「馬鹿につける薬はない」
同居していた両親が日常の中で最も気をつけていた事…それは『私の見えるところに財布を置かない』 まさに毎日が盗人との共生。 段々と、父が疎遠になった。 私と言う人間を、軽蔑しているかのように見る父。 同居していると言うのに口をきかない日が増えた。 母が、段々とお節介になった。 父との同居をハラハラしながら、私の食べる食事だけは懸命に作ってくれていた。
アルコールが原因での交通事故・違反。 昔は取り消しになっても数年で受験が出来たので、私の持っている免許は4回目の免許。 『酔っている時の犯罪は無実』と勘違いでもしていたのか…留置場・拘置所・刑務所、まるで入院するかのように傷害・窃盗・罰金の労役支払いで世話になる。
世の中の人の何割が前述の施設の違いを言えるだろうか? 拘置所以降の施設の職員が法務省管轄って知っているだろうか? 本当に知らなくて良い事まで知る人生。
金・仕事を含む全てがグチャグチャだった。 いつも思っていたのは…『学校出てからの最初の勤め先選びを間違えた』 『もっと慎重に結婚相手を選択すれば良かった』 『あの時、あの道を運転しながら通らなかったら良かった』 何かがズレてて、何かがおかしい。
『もう、お酒飲むのをやめましょうね。 糖尿もありますし、大変な事になりますよ』
医師はニコニコ笑いながら、そう告げた。
「大変な事…って死ぬんですか?」 そう尋ねた私を医師は意地悪そうに見つめ、間をおいて、にこやかに告げた。 『死ねれば…楽なんですけどね。辛いんですよ。糖尿病の合併症って…』
それからの医師の説明を聞きながら「こりゃ、とんでもない。酒、やめなきゃ…」って決心していた。
最初の入院から10年目。
AAに繋がったり離れたり…の5年。 今は繋がりっぱなしの5年目。
途中に何度かの再飲酒は経験したが、周囲のサポートもあり再飲酒の期間が短いうちに精神病院にお世話になった。 入院で酒を断つ事が出来、身体へのダメージが浅いうちのリカバリーになった。
10年の間に色んな事が変わった。
息子に子どもが二人生まれ、次男には私のAAネームの『コウキ』を漢字の当て字で名付けてくれている。 二人の孫、私への最高のプレゼントだ。
娘からも時折LINEでメールが来る。 福岡に住み、忙しく暮らしているようだ。
私も日曜の過ごし方が変わった。 AAの延長…と言うわけじゃないけど神さまの事を、もう少し知りたくて教会に通っている。
散々迷惑を掛けっぱなしの両親も健在。 父が86、母が84になる。 二人だけで誰の手を借りずに自宅住まいで夫婦仲良く暮らしている。
そんな父が今年手術をした。 心臓にペースメーカーを埋める手術だった。 難易度から考えると今は手術に入らないんだろうが、この歳になるまで入院暮らしの経験が無かった父…不安だったようだ。 コロナ禍ではあったが、着替えの差し入れだけは毎日でも出来たので、母の手紙とかと毎日届けた。
退院後しばらくして父が母に尋ねたそうだ。
『もう少し歳をとったら…アキタケ(私の本名)と暮らそうか?』
驚きながら「何故?」って尋ねた母に父は言ったそうだ。
『あいつ、最近変わって…優しいし、良い子だし』と。
酒を飲まない日の繰り返しが理由の「小さな変化」 その変化を一番、身近に感じてくれて喜んでいたのは…酒を飲みながら借金しまくる息子を毛嫌いしていたはずの父だった。
父の言葉を聞き想うのは…『両親が生きている間の再飲酒だけはしたくない』
さて、今日も自分のソブラエティを磨くための行動をしよう。
全国にオンラインで仲間が待っていてくれるから。
「絶対、錆びらせるなよ!」 尊敬する仲間がメールで励ましてくれる。
ありがたい。 仲間に感謝。 本当に感謝。